「戦わない」沢根スプリング 沢根孝佳(さわね たかよし)さん

長らくお待たせいたしました(^^) ラジオ書き起こし版の第4弾は、2022年の年末に放送された沢根スプリング株式会社の沢根 孝佳(さわね たかよし)さんご出演の回(3回分)をお送りします。過去の書き起こし版は第1弾の1(前半)第2弾の1(前半)第3弾の1(前半)をご覧ください。

今回は放送第1回目の前半部分をお送りします。

♪~

司会:壹岐敬のイキイキラジオ「未来への種まき」。今日は、沢根スプリング株式会社・会長の沢根孝佳さんにお越しいただきました。沢根会長よろしくお願いいたします。

沢根:よろしくどうぞお願いします。

司会:待ちに待っていた沢根会長でございます。以前もこの番組をしている中で、壹岐さんが沢根スプリングの話を何度もされていらっしゃったんですよね。

壹岐:そうですね。坂本先生に出ていただいたときにもあるし、やっぱり坂本先生のご推薦銘柄の筆頭にある話でもあるんですけど、ものづくり系で言うと沢根さんの沢根スプリングさんと、もう一つ渡辺さんっていう方が大阪でやってる東海バネさんという、まぁ誰が見たってバネの会社ってね、今NHKの朝ドラでやってるのがネジの会社をやってますよね。でもう要するに下請けでいろいろと回らなくなって潰れそうになってって・・大体バネとかネジとかいうとそういうイメージなんですよ。だから今NHKの番組でやってるところは結構特殊なネジを開発してとかっていうので会社を盛り返したっていうそういうストーリーになってたと思うんだけど。それを本当に地で、バネで地で行ってるのが沢根スプリングさん。

司会:はい。まず最初に沢根スプリングの紹介を致します。1966年創業です。静岡県浜松市に本社を構えるバネの専門メーカーです。バネ一本からでも受注し、最短当日出荷の通信販売は業界の先駆けでいらっしゃいます。特注バネの用途は、機械、輸送機器、ロボット、航空、宇宙、医療などなど、全国32000社への販売実績があります。そして2014年、壹岐さんが常任理事を務めている第4回「日本で1番大切にしたい会社」大賞を受賞されました。

壹岐:今紹介があって、なんかそれ聞くとそうなんだなと思うんですけど、かっこいい紹介ですね沢根さん。

沢根:ありがとうございます。

壹岐:32000社って書いてありますけどそんなに多いんですか?

沢根:実はですね、32000社っていうのはうちの会社の昭和60年ぐらいから日本で初めてですね、今もう当たり前ですけどバネの通信販売、ネット販売。そこの先駆けですね。その販売先が32000社ぐらいあるっていう。

壹岐:まぁだからね、僕は本当にご尊敬申し上げるんだけど、その時には全くないんですよ。今聞けばバネでも通信販売でやるって別に、それが何なのって話だろうけど・・。

司会:それも知りませんでした。バネって通信販売で買えるんですね。

沢根:いやもう今本当に。いろんなサイト、お店で売ってますね。我々も自社の名前を出さないで、他の色々モノタロウさんだとかありますよね色々なサイトが。ああいうところでも当社のバネが販売されてますし、本当にもう当たり前のようにやってますね。

壹岐:で、その人の大切にする経営を広めるとかいってあれなんですけどね、人を大切にするって別になんか福利厚生がコテコテにいいとかね、そういうのもそうなのかもしれないんだけど、まず社員がワクワクして働けるとかね。変な競争に晒されないビジネスモデルを作るっていうのが、人を大切にする前提としてあるべきなんじゃないかなと僕は思ってるんですけど、沢根さんはもうそういうのをその頃から考えられてたんですか?

沢根:壹岐さんのおっしゃる通りでね、私実は二代目で、去年の三月からですか。三代目の息子が社長になってますけども、私二代目になったときは、ちょうどバブルが弾けた1990年、平成の頭ぐらいからやってます。社長やりました。36歳ぐらいでしたけどもね。仕事を親父のあとを継いでやってて、自分が楽しくなかったんですよね。やっぱりこれじゃあね、この先まだ何十年もやっていく時に、あぁどうしたらいいんだろうなって一つの壁にぶち当たった時に、毎日お客様からいろいろ要求を言われたりクレームが来たりしてその対応ばっかりやってたって。これじゃあもう全然楽しくないなっていうことで、何とか新しいことをやらないといけないっていうことで気がついたのが、普通のバネ屋さんと全く違った領域をやろうと。普通のバネ屋さんが、やだなぁこんな面倒くさいのって、そういうのをやったらどうかなということで、いわゆる自動車部品のような量産系から、先ほどご紹介あったバネ一本からお届けするっていう、こういうビジネスモデル。そうすれば、競争が少ないところでですね、適正な価格というとなかなかまだ競争がありますけども、適正な価格で売って商売ができたらいいなと。何よりもまず楽しくなくっちゃあいけないなと、こんな風に強く思ってました。

壹岐:それはたぶん30代半ばぐらいですよね。けっこう、実名出していいのかわからないけど大きな会社にお勤めになっていたんですよね。

沢根:はい。大手の某電気メーカーに。

壹岐:別にバネを作ってるような会社に勤めてたわけじゃないんですよね。コンピューター関係ですよね。たぶん定期的に大口先の浜松あたりの近所の自動車メーカーさん、トヨタさんもあるでしょうけども、スズキさんとかヤマハさんとか、ホンダさんとかいっぱいあるわけで、そういうところから、こういう・・。

沢根:何千何万個。多い部品では毎月数百万個っていうぐらい・・。もう値段だけですね。品質と値段。

司会:だいたいバネ一個おいくらなんですか?

沢根:いやまぁあのちょっと変な話ですね、うちでその当時作っていたバネが、小さいバネで一個25銭からスタートしたバネあるんですね。

壹岐:だから一個単位じゃ売れない・・。

沢根:そうです。4個にならないと1円にならない。それで今40数年経って、一個いくらで売ってるかと言うと、12銭。

司会:さらに安くなってるんですか?

沢根:半分ですね。これだけ価格競争やってきたんですね。これじゃあね、会社もつわけない。それをすごくね、40ちょっと過ぎてから危機感を持って、やっぱりなんかやらないといけないなぁと思って、あちこち見て歩いたりした中で、ヒントが・・・

壹岐:まぁでも原点は、いろいろと改良しないといけないとかいうのがあるけども、そもそもあまりビジネスモデルどうこうとか難しい話よりも、こんなのずっとやってくとつまんないと。確かにそうですよね。パソコンとかオフコンの世界でこれからものすごい開けていくってそういうお仕事されてた方が、本当の町工場ですもんね。そういうとこに入って、ものづくりっていってもね、本当のものづくりじゃない・・っていったら失礼だけど・・

沢根:まぁ機械をね、買ってきて、それをセッティングして、工程はいくつかあるにしても、まぁあのたくさんのものをいかに効率よく安く作るかって、こういうスタイルでずっと長いこときたんです。だから価格競争、つまり効率的にいかにやるかって。で、これってね、もう本当に楽しくないんですよ。まぁ、そういうビジネスやってる方にはちょっと失礼な言い方かもしれませんけど。

壹岐:でもね、それは沢根さんの若き性で・・青年の言い分であって、お父様はけっこうご苦労されて立ち上げられたわけですよね。創業者でらっしゃるから。

沢根:親父はもうゼロからのスタートで、昔もやっぱり実はバネを作る前にヤスリを作ってたんですよ。うちの親父と義理のお兄さんと2人でヤスリ屋ってご存知ですか?目立てって大事じゃないですか。

壹岐:分かりますけど、専業メーカーってことですか?

沢根:ええ、ヤスリ専業でやってたんですよ。で、ヤスリが時代と共にだんだん需要が少なくなって、じゃあ何やろうかっていった時に、バネ屋に移ったんですね。で、移った動機を聞いたんですよ親父から。

壹岐:そんなに直接は関係ないですよね。

沢根:本当かどうか確かめたわけじゃなくて、親父が言うには、地元に某自動車メーカーがあって、そこにすごく立派な車で乗りつけてくる仕入れ先があったと。それが実はバネ屋さんだったとか。バネ屋は儲かるんだっていって、やったらしいですよ。幸い、ヤスリもバネも両方とも素材は金属。どっちも命は熱処理なんですよね。バネってただ材料持ってきてぐるぐる巻くだけじゃバネじゃないんです。へたってしまったり。ヤスリもそうです。そういう、いわゆる工程、原則が似てるというのもあってバネ屋をやり始めたっていって。ビジネスってそんなもんかなって、きっかけってすごく僕大事だと思うんですよ。

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