
書き起こし版「人を大切にする経営とは2(後半)」坂本光司さん
これまでの放送から好評だった回、保存版ともいえる回を書き起こしています。このシリーズの第1回目についてはこちらをご覧くださいませ。またラジオの音源はこちらでお聴きいただけます。
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宮田:お送りした曲は、ポール・モーリア「恋は水色」でした。さぁ、壹岐敬のいきいきラジオ、未来への種まき。ゲストをお招きしてお話を伺っていますが、壹岐さん後半は・・?
壹岐:今年に入ってですね、コロナが企業経営にすごく色んな影響を与えていると思うんですよ。非常に冷めた目で見るとですね、10年に一回ぐらいはこういうのが来る。コロナという形のものは確かに100年に一度かもしれないけれど、経営者にとってみると、それ以上の危機になってることは、景気の変動であったり、自分の所属している業界の地殻変動みたいなもの、地域における産業の・・それはね、10年に一回は来ると覚悟はしてないといけないと思うんですが、先生、そうですよね。
坂本:小さな好況とか不況ってのは5年に一回ぐらいはあるわけですけども、やっぱり歴史調べてみると、リーマンショックだとか、東日本大震災だとか、オイルショックもそうですし、バブル崩壊もそうですし。調べてみると、その時その時初めてみたいな感じで大騒ぎしますけどね。今壹岐さんおっしゃるように、10年に一回ぐらいは今までも起きているし、これからもですね、起きる可能性があるということを前提にした経営の仕方とか、個人でいうと生き方というかですね。昔だったらね、経営者でいうと、日本がダメな場合はアメリカがあったり、アメリカがダメな場合は中国があったり。それからハイテクがダメな場合は中テクというかね、ローテクというか。そういうところに逃げるというかね。逃げ方があったけど、今は全体的じゃないですか。その時どういうことかっていうんですけど、私はよく言いますけども、蓄えっていうんでしょうかね。企業の目的っていうのは人間の命と生活を守ること。特に経営者は社員とその家族の命と生活を守ことですから。こういう事態があったときに、売上高が上がらないから赤字になりそう。だから最大のコストの人件費を削る、リストラするというのが残念ながら横行してるし、中にひどい会社は、赤字リストラじゃなくて黒字リストラというね。私はある雑誌で許し難きっていって、それは殺人的行為であるといってですね。そんなことは認められないといって書いたことがありますけど。そんなこともね、しょうがないじゃないのっていってマスコミなんかではね、あんまり深くね、論調を張らずに、放置しちゃってるというかね・・
壹岐:むしろ、今年のコロナが起きる直前のね、大騒ぎする前の、今年の正月の論調はそこだったんです。非常に安倍政権の様々な政策がそれなりにうまくいってて、いま好景気がずっと続いているよと。その時にこそリストラをすべきだと。いうことが、一月の日経新聞での論調でした。で、今こそ、業績のいい会社ほど、リストラを進めてる。このリストラっていうのは、いわゆる本当に正しい意味のリストラクチャリング、構造改革という意味じゃなくて、いわゆる中高年の、首切り・・ということですね。例えばデジタル化?前回ね、野村総研の方がおっしゃってたじゃないですか。あれくらい大きな変動が起きるわけですよ。例えばそういう時に、落ちこぼれちゃう人を、早い今のうちに切っときなさい。現実に10000人単位でごそっと首切ってる大企業いっぱいあります。まぁここだけは言っていいと思うけど、1番最たるものが、私のもといた業界のメガバンクなんです。まさにそういうことを進めているわけですね。じゃどういうことかというとやっぱりね、僕は、経営者が自分の心の中にね、種を蒔かなきゃいけない。要するに心の中にどんな種を蒔くかによって育つものが変わると思うんですよ。
宮田:自らが自らに・・
壹岐:そう。要するに、突然そういう経営のヒントだとか、やろうとかいうこととかできないと思うんですね。僕は自分でも自分なりに実践してきたことは、坂本先生にくっついていって、色んないい会社をみたり、その話を聞いたりすると、僕の心の中にそういう種が蒔かれていくんですよ。自分の会社でも少しはこういうことがしたいなとかね。思いが出てくるわけです。それがいつ発芽して実るかわかんないんだけど、やっぱり心の中に種まきをする。で、それをさせてくれるのが、こないだから言っている「人を大切にする経営学会」。ほんとにそうです。そのちょっとね、実例をお話したいと思うんですけど、このセリオってやつは5巻、もうすぐ6巻目が出るんですけど、今4巻目まであるんですけど、うちの会社のホームページにも出てるんですけど、その中で、先生と行った中で1番僕が心の中に種が撒かれた時の逸話が、北海道にあるこうせい社という、これは日本で1番大切にしたい会社の5にも紹介されてますが、坂本ゼミの視察研修で行ったという所があります。ちょっと、176ページの4行目からちょっと読んでいただけますか。
宮田:創業者のつねおさんは、凄まじい人生を歩まれた方です。昭和2年に、11人兄弟の六男として生まれました。幼少期に遊んでいた、竹とんぼが目に当たり、片目を失明します。その後17歳の時に働いていた飛行場で、工事中の電線に感電し両腕を失ってしまいます。なんとか一命を取り留めたつねおさんは、自立するための唯一の手段として、口で字を書いて小説を執筆することを考えました。苦節8年、26歳の時に地元の新聞社から声をかけてもらい、新聞記者になります。
壹岐:ね、凄いでしょこの人。両手失ってね、まぁ実は本当はその前にいろんな事もあって自殺しかけたりもするんですよ。二十歳ぐらいで両腕失っちゃって、その前にも片目潰してね。何にもできないから自分で飯食うのは、口しかないから、口でペンで、小説家を目指すんですほんとは。ところが小説家なんかなれなくて、字を書く職業として新聞社に入る。
宮田:また壮絶な人生ですね・・考えられない・・
壹岐:そう。戦後の、もう保護とか何にもない時代。
坂本:その方がね、街の中で新聞記者として取材をしていたら、時々片手のない方とか、車椅子の方とか会って、働く場所がないと。そこでやっぱり彼はこんなことしていいのかといって、障がい者が働く会社を作ろうといって、自分自身が障がい者だけども、障がい者のために、障がい者が会社を作るっていう、それが北海道こうせい社という。今はね、おそらく全体合わせると1000人超えてると思うんですよ。
壹岐:北海道のクリーニングチェーンとして第二位。
坂本:そうそうそう。そこまでにね、片目と両腕のない人でね、それはえらい苦労されたでしょうね。学校も出てませんから、本当に自分で。子供さんに話を聞くと、今子供さんが後継者ですからね、その方はもう亡くなっちゃってるんですけど。眠くなると机の角に釘を刺しておいてね、そこに自分の体を打ち付けて眠気を覚ましたとか。あるいは自分の机の下に冷たい雪氷を入れておいて、眠くなるとそこに足を入れたとかいってね、長い人生は送れないと思って、医者からは他の人の三分の一ぐらいの人生じゃないかと言われたといって、ならば寝る時間を三分の一にして、皆んなと一緒に生きたようにしようといってね。勉強していって、さっき言った会社を立ち上げて。
壹岐:とにかく今あるような行政の保護とかが何にもない時代で、赤平炭鉱っていうね、まぁ最後の炭鉱ですよ。~~だとか常磐炭鉱とかがダメになって最後に残ったのが北海道の赤平炭鉱。そこももう無くなるってときに、真っ先にリストラされたのが、実は炭鉱でケガをして、五体満足でなくなった方から切り捨てられていって、生活ができなくなって・・それを両手のない新聞記者が、救おうとして、会社を作ろうと・・。奇人変人ですよ。ていうか、もう有り得ないですよね。だって自分でご飯も食べられないんですよ。その方が会社作って、借金しに行ってね。命懸けで。もし金貸してもらえなかったら橋から飛び降りて死のうと思って行ったと。その覚悟をして行ったら貸してくれたとかね、自伝にそういう風に書いてありますけどね・・
坂本:私たち苦労してるとか言ってもね、この人の前に出たら苦労のくの字もしてないっていうね。
壹岐:さっき先生が、後継者として息子さんがって言ったでしょ。息子さんがいるってことは奥さんがいるってことですよ。でね、銀行との交渉の度に札幌に行ってた時の食堂の仕事をされてた方と恋に落ちて、あれするんだけども、先生とお邪魔したときにその奥様がね。最近はもうあまり出てこられない、最後に先生が来られるというんで、会いに来てくださって感動しましたですね。
坂本:まぁ本当にね、私たち、壹岐さん含めて確か7,8人いたと思うんですよ。北海道の赤平ってところに、本当に心洗われる立派な経営者がいらっしゃるから私行くけど来ないかっていって、社会人学生たちに話をしたら、まぁ何人かの人。壹岐さんはオマケで来たんですけど。もう80遙か過ぎている方ですけど、その時初めてお会いしたんですよね。なんか涙が出て止まらなかったですよね。私だけじゃないですよ。壱岐さんも含めてみんな・・
壱岐:僕はね、後光が差しているというのはこういうことかと、本当にわかった。みんなね、拝んじゃうんですよ。何にも一言も言わないんですよ。おばあちゃんが入ってきただけですよ。それがね、後光が差してるんですよほんとに。
宮田:オーラというか。
壹岐:そうそうそう。
坂本:多分あの場にいた全員がそう感じたと思うんですよ。
壹岐:80何歳の、うちの同行された方なんてもうボロボロ泣き出してずっと拝んでました。
坂本:それが今従業員1000人ばかりいて、そこで働いている障がい者も500人を超えてね。
壹岐:そこの工場を見学した時にね、物凄い、普通にクリーニング工場にはないような複雑な設備だとか、なんかベルトコンベアーだとか物凄い色んなものがいっぱいあるんですよ。これは凄いお金かかってますよねっていったら、普通のクリーニング工場の三倍はかかっているっていうんですよ。なんでこんなに色んなものがあるんですか、そりゃあだって障がいのある人がやるんだから・・
宮田:確かに、健常な方と全く同じように何もかもできるわけではないですものね。
壹岐:だから不自由な方でもできるような、色んな仕掛けがいっぱいしてあるんですよ。僕はその瞬間にね、自分が考えていた常識が全部ひっくり返った。あぁ経営の合理化ってこういうことなんだって。それまでは、合理化っていうのはどれだけコストを避けることかと思ってた。合理化ってそうじゃない。人を活かすためにお金を使うのが合理化なんだって。コストが掛からなくするのが合理化だと思ってるんです。だから経営合理化のために人を減らすとかね。人員削減するとか。それが1番の合理化だから。合理化の「理」をどこに求めるか。これをテーマにするのが多分この「人を大切にする経営学会」の一つの目的なのかな。
宮田:まぁぜひ、今後も本当に大切にしたい会社がどんどん増えていってくれるといいですね。
坂本:そうですね。
宮田:はい。ということで、今日は坂本先生に第二回目ということでしっかりお話をいただいてきましたが、壹岐さん、実は次回も坂本先生にお話を伺っていくということなので、坂本先生引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
坂本:はい、こちらこそよろしくお願いします。
宮田:壹岐敬のいきいきラジオ「未来への種まき」は、毎月第二・第四日曜日、午後3時からお送りしています。次回の放送は、12月13日・日曜日、午後3時からです。今日は、人を大切にする経営学会・会長、坂本光司さん、そしてお相手は、セリオ株式会社・代表取締役・CEO壹岐敬さん。アシスタントは、レディオモモ・みやたさとみでした。ありがとうございました。
坂本・壹岐:ありがとうございました。