「考え・作り・売る」をつらぬく 沢根スプリング 沢根孝佳(さわね たかよし)さん

ラジオ書き起こし版の第4弾は、2022年の年末に放送された沢根スプリング株式会社の沢根 孝佳(さわね たかよし)さんご出演の回(3回分)をお送りします。過去の書き起こし版は第1弾の1(前半)第2弾の1(前半)第3弾の1(前半)をご覧ください。

今回は放送第2回目の前半部分をお送りします。

♪~

司会:壹岐敬のイキイキラジオ「未来への種まき」。今日は、沢根スプリング株式会社・会長の沢根孝佳さんにお越しいただきました。沢根会長よろしくお願いいたします。

沢根:よろしくどうぞお願いします。

司会:前回から話が尽きないまま第二回の放送に突入です。前回はアメリカに単身で行っていらっしゃって、そしてアメリカ各地、視察で回られたというお話のところでちょうど終わっていましたね。

壹岐:そうですね。それで帰ってきて、ニューモデルを立ち上げたっていうそこで終わってました。

司会:通信販売なさったという話でした。どれぐらい沢根会長はアメリカに行ってらしたんですか?

沢根:ちょうど1年ぐらいですね。計画は実は2年だったんですよね。途中で1年ぐらい経って慣れた頃に親父から帰ってこい、会社大変だって呼ばれて、まぁやむなく会社へ帰ってきました。

壹岐:その時の肩書きは何だったんですか?

沢根:私肩書きは特にないですね。

壹岐:常務とか・・

沢根:常務になったのはもっと後ですね。普通の社員で入って、取締役常務ってこんな感じでしたね。

壹岐:でも最初の頃はアレですよね。従来事業の下働きというか一から修行っていうか。

沢根:まぁあの、バネの技術的なところは正直言って分からなかったんで、もう営業、まぁ自動車部品メーカーさんの営業をやってました。

壹岐:それは1,2年はされたんですか?

沢根:長いことずっとやってましたよもう。営業をやって営業の課長、営業の責任者までやりましたけど。

壹岐:だから別にその、いきなり新規事業担当になったとかそういうカッコいい話でもないんですね。

沢根:はい。そういうのをやりながら新しいことも親父のやった方がいいよ、という・・

壹岐:それはやっぱり、そういう仕事をやって日銭を稼ぐじゃないけど・・。その頃従業員って何人ぐらいいらっしゃったんですか?

沢根:40名ぐらいだと思いますね。

壹岐:まぁまぁいらっしゃったんですね。その頃はだから、その人たちを・・沢根さんよりも若い人もいたでしょうけどもご年配の方もいたような。その人たちの生活守るためにはやっぱりそういうお父さんが築き上げられた事業を回さなきゃいけないし、でもやればやるほどだんだん、ずっとこんなの一生やるのかなっていう・・。

沢根:本当思いますよ。前回も申し上げましたけども、やっぱりやってて楽しくない。月曜日の朝になるとあ~あ、ってこうため息が出るような仕事の働き方、これでは絶対に、自分もそうですし、会社も社員もやっぱり良くならないなっていうのを思って何か新しいことをやらないといけないなと・・。

壹岐:あのね、僕も意外とそういうタイプなんですよ。僕は最初銀行員で、先輩たちが一所懸命やってた仕事を一所懸命やってもつまんないと。全然それと違うやり方を始めたくなっちゃうの。で、そういうことやると何て言われるか、大体想像つきますよね。何て言われます?

司会:なんでしょう。それまで先輩方が培ってきたものを変えようとするんですよね。何て言われました?

壹岐:もうわがままって言うんですよ。みんなわがままって言うんですよ。お前なんとわがままなやつだと。みんなそれで苦労してやってたのに、なんでそれをつまんないとかね、言うんだって。でもね、沢根さんどう思われます?わがままでしたか?

沢根:自分はわがままじゃないと思ってますけども。やっぱり何かを挑戦してる時とか、新しいことをやるって時はワクワクするじゃないですか。これってすごく大事だと思うんですよね。それがすごく楽しさに繋がるし、やっぱり周りの人って、最終的には結果を出さないと認めてくれないってこれ、後からわかったんですよ。バネの通販も、最初の5年間はもう超低空。特に最初の2年間はもうカタログを作った費用だけで1200数十万ぐらい。2年目の売り上げたった60万しかなかった。これじゃあ誰が見たって・・。

壹岐:え、月60万?

沢根:年に60万。

壹岐:月に5万とかそんなもんですか。

沢根:そうです。2年間やっても。売れない。

壹岐:ほとんどもうあれですよね、注文ゼロみたいな・・。

沢根:注文ゼロですよ。だからみんなほれ見たことか、こんなの売れっこないじゃない、でも何やったかって言ったら、やっぱり今で言うとマーケティングですよね。顧客開拓。やっぱり私どもの経営理念に、うちの初代の親父が書いた経営理念に、「考え、作り、売る」ってあるんです。

壹岐:沢根さんの工場に行くとね、その看板みたいのがいたるところにかかってるんですよ。

沢根:「考え、作り、売る」。この三つの要素がないと、やっぱり企業って成り立たないと。下請けだから作ること一所懸命やればいいって時代ではない。でも我々が今やろうとしてるのは、考えて、売るをやるんだと。作ることは今までやってきてるから。じゃあどうやってやろうかって、売り方を差別化したりしてやるのも通販ですし、じゃあどうやってお客を集めるかってここが1番肝のところで、当時は分厚い幅が20センチぐらいの「全国工場年鑑」とか、県別の工場マップとかってあるんですよ。それ全部買い込んで、当時はネットとかもないので全部手作業でパソコンに打ちこんで、DMを出しました。毎月。その費用も相当かかってました。

壹岐:すっごい不毛な作業のような・・。

沢根:でもそれがあったから、5年ぐらい経って急に伸びたんですよ。これであ、いけるなと思って。で、成果を出すと、みんな「やってよかったね」って後から周りの人が言うんですよ。そんなもんじゃないですか、ビジネスって。

壹岐:だから全部そうだよね。私もささやかながらそれと同じ経験をしましたけど、大体そういうの始めるときってのはさっき言ったコロンブスの卵なんですよ。みんな出来る訳ないじゃないかとか、バカかとかアホかとか。道楽でそういうの始めたとかね。過去やってないことをオリジナルで始めると・・。

司会:そうですよね。沢根スプリングも今までやってなかったんですものね。

壹岐:ところがね、本当に道楽で始めた人と、思いつきの道楽であったりわがままで始めた人と、信念持って未来を見通してやった人の差は、タイムラグをおいたあとに成果として現れるかどうか。

沢根:販売のためにいわゆる展示会、我々機械要素部品なので、機械要素展とか、東京大阪名古屋、あれもう30年ぐらいずっとやってましたもんね。これでもかこれでもかっつって。沢根さんよく出ますねって言われたり。そこそこ知名度が上がってくると、周りの人もじゃあうちでもやってみようかといって、真似するんですよ。で、あるメーカーがすみませんよくこれやれましたねって。うち1年やったけどほとんど売れないと。そりゃそうでしょう、うち5年ぐらいかかってますからっていって。で撤退された企業もありましたし。やっぱりそこから学ぶのは、人目に外れて小さなことをコツコツ、コツコツ継続してやり切るという、これってすごく当たり前のことなんだけど、大事なことじゃないかなって、そんな時からちょっと自分なりに学んだことなんですね。あまり大きいことは我々もできませんけどもね、小さい会社ですから。その積み上げが大きな差別化になるんじゃないかなって今でも思ってます。

壹岐:今日はね、この今の言葉を聞いただけでね、今日ラジオ聞いてる人は肝に銘じていただきたい。

司会:そうですね。差別化ってでも簡単におっしゃいますけど皆さんそこを探して探して、なかなか見つけられなくていらっしゃると思うんですが、バネって実際どう作ってらっしゃるんですか?

沢根:バネを作ってるって全国に1000数百社ぐらいバネ屋さん多分あると思うんですが、皆さん同じ機械で、同じ材料で作ってるわけですよ。それでどうやって差別化するかをやっぱり考えなくちゃいけないんじゃないですか。我々はこんなに苦労して価格競争をやってるんで、もう価格では戦わない。じゃあ何で戦うかっていったら、速さで戦おう。スピードにこだわった経営をしようというのが、バネの通信販売をやってきたベースがあって、実は変えられたんですね。それがなかったら変えられてません。我々はだから、会社のミッションは何かというのを、ワンフレーズでしようと、ある時。社員のみんなと。あ、それだったら世界最速工場にしようと。なかなかね、会社のミッションをワンフレーズで言えないんですよ。それをわかりやすくしようと。世界最速工場。それをみんな目指してやろうと。世界最速工場にするためにはどうしたらいいか。やることいっぱいあるんですよ。今までのやっている流れの仕組みだとか、そういったところ全部変えられる。今はもうまだまだ課題があってやってますけど、少しずつやっぱり、さっきの話じゃないけれども改善をしながらそれに近づいてるかなっていうのは自分でも思ってます。

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