「受験の王道とは何か」第1回
新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
年の初めにお送りしたいと思ったのは「教育」に関するお話です。昨年、とある予備校の先生方に依頼されて、「受験の王道とは何か」という題で同校に通う生徒さんたちに2、3か月に一度話をしており、その記録をまとめつつここに数回に分けてご紹介したいと思います。
そのお話の趣旨は「自分で自分の人生を照らせる人間」になるための受験勉強をしようということです。
最初は、理解していただけるか若干不安だったのですが、毎回、真剣に受講してくださります。終了後に出してくださった受講感想文の内容を読むと、こちらがビックリするくらい深く理解していただいているようです。そこで、昨年一年間、申し上げてきたことの論点をまとめてみました。
1.「なぜ勉強をするのか」という方向付け(目的)を明確にする
一番目の論点は、受験勉強の目的です。そんなことはわかり切っている。志望校に合格すること以外にない。と思う方が多いと思いますが、考えていただきたいのは、受験勉強と言っても勉強の一部ですので、なぜ勉強をするのかという意味での目的を考えていただきたいのです。
会社の仕事でも同じですが、ものごとをするときには、必ず目的と手段と結果があります。その中でいちばん大切なことはより上位概念としての目的であるはずです。
ところが、それについて、誤解している方が大変多いように思います。それは、会社の上司が部下に、大人が子供たちに間違った考え方を教えているからかもしれません。間違った考え方とは、一番大切なことは結果だという考え方です。
なぜ間違っているかと言うと、そもそも目的がなくては、手段もなく、結果もあり得ないからです。会社経営でも、ここを間違うととんでもないことになってしまいます。例えば、表向きは社員を幸せにすることが会社の目的だとうたっている会社でも、ひとたび利益という結果がすべてという考え方になると、社員を犠牲にしてでも利益を優先させるようなことを平気でしてしまうからです。 利益が目的だという会社は、ある意味目的重視ではあるのですが、そのためには社員を犠牲にしてもいいということになるので、そんな会社に入る人はいなくなるので、事業を継続していけるわけがありません。
また、受験勉強で重視されるのは、学校では教えてくれない「こうしたら受かる」的なハウツー型の受験のテクニックですが、これは手段です。当校も受験予備校である以上、それを教えているのだと思いますし、それはそれで役に立つことではありますが、やはり手段にしかすぎないわけです。
私が申しあげたいのは、勉強というものは、受験期間だけのものではなく、長い目で見て、自分の人生すべてに関わるものであるということです。
そして、その前提として、人生には、基本的に、本人にとって人格の向上につながる生き方と堕落する生き方との二通りがあるということです。そして、学校や塾での勉強を通して、日々、皆さんはそのどちらを選ぶかの選択が迫られているわけです。
第2回に続きます