「受験の王道とは何か」第2回
今年の最初のテーマは「教育」に関するお話です。昨年、とある予備校の先生方に依頼されて、「受験の王道とは何か」という題で同校に通う生徒さんたちに2、3か月に一度話をしており、その記録をまとめつつここに数回に分けてご紹介したいと思います。
そのお話の趣旨は「自分で自分の人生を照らせる人間」になるための受験勉強をしようということです。
前回は、一見「ただの受験」に見えても、取り組む姿勢によっては、人として向上していく(人格を高めていく)勉強の仕方と、低きに流れる水のように堕落してしまう勉強の仕方があることをお伝えしました。
私は、当然のことながら、皆さんに「自分の人格を高めていきたい」という向上心を持って勉強に取り組むことをお勧めしたいです。
しかし、人格を高めると言っても、具体的どういうことかわからないでしょう。ここで私が永年実践している簡単な定義をご紹介したいと思います。それは、人格の向上とは、「真・善・美の探究」であるという定義です。
そんなことを言うと、真・善・美はもっとわからないと思うかもしれません。しかし、皆さんは、真・善・美はよくわからなくても、その反対は、わかるはずです。
真の反対は、偽です。他人に嘘をつくこと、だますことですね。例えば、勉強をしたくなくて、親や先生に噓をついたりしていませんか。本当は今日勉強しないといけないとわかっていても、言い訳をしてさぼろうとしたら偽でしょう。
善の反対は悪です。どうしてもいい点が取りたくて、不正やずるいことをしたら悪でしょう。受験でストレスがたまり、そのはけ口として、親に反抗したり、先生の悪口を言ったり、友達にいじわるをしたりしたら悪でしょう。
美の反対は醜です。皆さんは、自分より勉強のできる同級生が、風邪をひいてテストが受けられなかったり、ミスをして成績が下がったりすると嬉しくなるようなことはないですか。他人の不幸を見て喜ぶようなことは醜の典型かもしれません。
真・善・美の反対は、偽・悪・醜です。
そんなことをして、受験に成功すると、次は会社に入っても、同じようなことをしていくかもしれません。するといつの間にか、偽・悪・醜の塊のような人間になってしまい、結果的に人格はどんどん下がっていくことになります。
ちょっと振り返って考えてみてください。さっき言ったようなことに思い当たりませんか。もし思い当たることがある方は、反省して、今日からは、自分は目的として人格を向上させるために受験勉強をするのだと決意していただきたいのです。これが最初の論点です。